【CITES CoP14】アフリカゾウとトラの議論
◆象牙取引再開提案の概要とこれまでの経過
6月13日、第Ⅰ委員会でアフリカゾウの附属書改正に関する3つの提案およびそれらの修正提案が審議されることになりました。
3つの提案とは、ボツワナ、ナミビア、ジンバブエ、南アフリカ4カ国のゾウについて、割当量を決めて毎年象牙を輸出することなど求めるボツワナ・ナミビア提案(提案4)、ボツワナのゾウについて40トンの未加工象牙在庫の1回での輸出、その後は毎年8トン以内の輸出枠以内での輸出、その他商業目的での象牙製品などの輸出を求めるボツワナ単独提案(提案5)、象牙取引の20年間モラトリアムなどを求めるケニア・マリ提案(提案6)です。
また、昨日(6月12日)、提案4,5(取引再開提案)に対してEU、南アフリカ、ナミビアがそれぞれ修正提案を、提案6(モラトリアム提案)に対してケニアが修正提案を提出していました。
昨日、常設委員長委員長が仲介の労をとり、関係国間でコンセンサスをめざした交渉が行われましたが物別れに終わったものです。
◆閣僚級交渉へ 第1委員会の討議はストップ
午前9時に予定された第Ⅰ委員会は、9時半、10時と開始時間が延ばされていきました。象牙取引問題のためにというわけではありませんが、今日は閣僚級会合が予定され(私が知る限り、CoP9以降はこのようなことはありませんでした)、各国の環境大臣が続々と到着しています。アフリカゾウの問題でも、昨日の事務レベルの交渉が結実しなかったものの、今日になって閣僚レベルでの話し合いが行われています。その結果を見るために委員会がストップしているのです。10時20分になっても閣僚たちの交渉は続き、ゾウの議論は午後となりました。
午後1時に議論が再開されましたが、依然として閣僚級交渉の結果が出ておらず、サンゴ類の附属書Ⅱ掲載提案から討議が始まりました(日本は反対したが、化石サンゴを除くという修正付で採択)。
3時10分になってようやく第1委員会が再開され、ジンバブエの環境大臣から交渉の経過報告がありました。アフリカは共同歩調をとること、また多くの点で合意できたが、未だ解決できない点があるので、今夜5時に再び集まって結論を出したい、いましばらく時間をもらいたいということでした。
結局、その結論を待つことになりました。
◆妥協によるコンセンサスの危険
今の状況をどうみるべきでしょうか。事務レベルでは何も決められず閣僚が入っての政治的決着とすれば、提案の撤回しかないのではと思っていました。しかし、これほど時間がかかっているところをみると、何か具体的な妥協案で決着する可能性もありそうです。
昨日の記事の終わりに、EU提案をベースにコンセンサスをとることがよいのかどうかについては、個人的に様々な意味で疑問をもっていると書きました。
EU提案によれば、少なくともCoP17(9年後)までは毎年の継続的取引再開は当面避けられます。継続的取引再開は、(輸出枠はあるものの)その国からの全面解禁に限りなく近いのでそれを回避するという意味では評価できるものです。それでも、EU提案をベースに妥協することには次のような疑問があります。
第1は、再開を認める取引量が大きいことです。4国で140トン(ボツワナ70トン、ナミビア15トン、南アフリカ40トン、ジンバブエ15トン)、常設委員会で決まった量とあわせると、今回200トンもの取引再開が認められることになってしまいます。
第2は、妥協することをやめて投票に持ち込んだ場合、果たしてEU提案より悪い結果になるだろうかということです。これは法律的な問題ですが、今回の2つの取引再開提案の中で、1回限りの在庫取引はボツワナについてしか提案されていません(40トン)。CITESの議事進行手続によれば、提案の修正は、提案趣旨を明確にする場合か、趣旨を限縮する場合にしか認められません。ボツワナ以外の国からの1回の在庫輸出を認める修正は許されないはずです。一方、4カ国の毎年の継続的取引についてはもともと提案されていたことですが、さすがにこれを認めることにはEU含め二の足を踏む国が多いと思います。そうすると、結局投票になっても、せいぜい(ボツワナのゾウについてそのような新たな修正が行われることを前提に)ボツワナからの40トンの在庫を1回限りで輸出することが認められる程度ではないかと予測されます。
一方、投票になれば、モラトリアムが可決される可能性も低いでしょう。結局、今回の会議自体でみると投票で決着をつけた方が取引再開のリスクは少ないが、先のことを考えたときには、それより多い量の取引と引き換えにある程度のモラトリアムを確保したほうがよいのではないかということが問題なのです。3年後の次回締約国会議ではどのような投票環境になっているのか確かなことはわかりません。6年後の会議ではなおさらです。そこで一挙に毎年の継続取引が決まってしまう危険もあるわけです。そう考えると、モラトリアム確保の意味は小さくありません。
コンセンサスで決着したほうがよいのか、投票に進んだほうがよいのか、確かな答はないといったほうがよいかもしれません。
◆アジアンビッグキャットの討議再開
6月12日の午前に議論のあった「アジア大型ネコ科動物」(アジアンビッグキャット)ですが、各締約国とCITES事務局に勧告を行う決定案が作成されることになりました。作成に当たったのは中国、インド、ネパール、ロシアです。この決定案が本日配布され、第Ⅱ委員会で議論されることになっていました。しかし、作業部会や小グループから出される報告や修正案の翻訳(国連公用の英版、仏版、西版)に時間がかかり、午前中の会議が20分以上中断した後、この議題の討議が始まりました。
最初に発言したのはインドです。野生生物保護法を改正し、トラ保全の部署を設け、さらに中央野生生物犯罪局を設置するなどの努力を強調しました。しかし、トラ保護区のアセスメントの結果、生息環境が悪化していることがわかったこと、同時に密猟が深刻であること、それゆえトラ身体部分の禁止を続ける必要があり、飼育繁殖により生薬材料を生産することは密猟由来の製品をロンダリングする結果を招き絶対に反対である、今日では漢方薬は虎骨を必要としない、国内取引とはいえ中国が虎身体部分の取引を行えば野生個体へ強い悪影響が及ぶと強調しました。
◆不十分な決定案
インドは、その後、中国らと起草した決定案の内容を説明しました。
この決定案は、生息国に対して、アジアンビッグキャットの保全と取引に関する決議12.5の履行状況を、次回CoP15とそれまでに開催される常設委員会に報告するよう求め、その他生息国各国の法執行に向けた努力を求めています。また、事務局に対しては、1年以内にトラ取引法執行会議を開催すること、IUCNとグローバル・タイガーフォーラムが共催するトラ保全戦略ワークショップを支援すること、トラ法執行対策協議会(Tiger Enforcement Task Force)がアジアンビッグキャットの違法取引を継続的に監視していくことを求めています。
問題は、中国のタイガー・ファームについてです。この点について決定案は、
「商業規模で飼育繁殖を行っている締約国は、繁殖個体数を野生のトラの保全を支援する限度のレベルに抑制すること」
と述べるにとどまっています。この決定の表現では、中国のタイガー・ファームを含む商業的な飼育繁殖が野生個体群の保全に資するかのようにも見えます。この表現は昨日の段階で中国、インドらから出されていた案とまったく変わっていません。おそらく中国が譲らず、他の国が妥協しなければ決定自体の成立が危ぶまれたのではないかと想像します。
次に中国が発言し、1993年、任意にトラの身体部分の取引を禁止した、現在、NGOやメディアが中国は取引を再開すると書き立てているが、野生個体群の保全のために国際的に貢献するのでなければ、取引の再開はしない。新しいアプローチとして、飼育繁殖を試みているが、野生個体の保全に資するという科学的な根拠を見出すまでは再開しないという立場は変えないと強調しました。そして、個人所有の毛皮製品に対するラベリングシステムを導入し違法なものと識別できるようにすることを紹介、さらにタイガーファーム関係のスキャンダル(ファーム内のレストランでトラ肉を出しているなど)は根拠がない、NGOが中国を差別視するものだと強く批判しました。
それに続いたブータンの政府代表は、そのポリシーをトラが話しますとして、1人称で森林の生態系の中で役割を果たすチャンスが欲しいと述べました。
ロシアは、アムールトラは、450頭前後と推定されている。幸い、個体数は安定しているが、密猟圧力は高まっていると述べました。その後、インドネシアに続き、アメリカが発言し、タイが続きました。
◆タイガー・ファームへのカウンターとなるアメリカ修正案
注目はアメリカの発言で、現在の「トラ保全の危機」について、中国が飼育繁殖個体の取引を再開することは密猟圧を高めると確信する。中国が取引を再開しないと述べたことは歓迎するが、決定の修正を提案したいと述べました。これは、中国のタイガー・ファームに対する強力なカウンターになる案です。
修正案は、「集約的な商業規模で飼育繁殖を行っている締約国は、国際的に認知された保全のための繁殖プログラムによって、保全に潜在的に貢献すると認められた繁殖集団の数を、 野生のトラの保全を支援する限度のレベルに抑制し、身体部分の取引のために飼育繁殖してはならない。」というものです。
また、新項目として、全ての締約国に対して、決議12.5で示された懸念の視点から、トラの国内取引に関するポリシーを評価し、アジアンビッグキャットの身体部分の取引を排除すること、業界及び消費者がアジアンビッグキャットの身体部分を排除し代替品を受け入れるようにするための教育プログラムを含む措置をとることなどを提案しました。
◆足を引っ張るEU
この修正案についての議論は午後に再開されましたが、アメリカの修正提案に強く反対したのは、ドイツ(EU)でした。EU諸国にもサファリパークなどトラの飼育繁殖施設があり、どれが「集約的な」ものに当たるのか判断がつかないと発言しました。
これに対し、アメリカは「国際的に認知された保全のための繁殖プログラムによって、保全に潜在的に貢献すると認められた」という部分を削除する再修正を行いました。新項目についても、「全ての締約国に対して、決議12.5で示された懸念の視点から、トラの国内取引に関するポリシーを評価すること」とし、残りの部分は削除する修正を行いました。かなりの後退といわざるを得ません。商業規模のトラの飼育繁殖が保全にとって脅威だという認識を引っ込めてしまったからです。インドはアメリカの修正に異存ないと発言しました。
◆タイガー・ファームで生産された虎骨の中国内の取引を封じることができるか
しかし、なおも中国は、身体部分の国内取引のための繁殖を禁ずることには承服できない。「国際取引」のためというなら理解できるが、と発言しました。
ケニア、スワジランド、マラウイは、アメリカの修正提案に賛成、グローバルタイガーフォーラムは、トラの危機を、WWF(タイガー・コアリション)は、トラの商業的飼育繁殖の野生個体群に対するリスクを強調しました。
アメリカ中国漢方普及協会は、1993年に中国が虎骨取引を禁止した際、虎骨を薬局方から削除した、中国の内外の漢方薬薬剤師たちは虎骨の代替物を使うことを快諾している、中国の伝統である漢方薬関係者はトラの絶滅に手を貸すことを望んでいないと発言。
中国野生生物協会は、中国で最大のNGOでトラの保全に関する教育活動などを行っている、中国の現在の政策、つまり飼育繁殖が野生個体の保全に積極的な意義があると証明されない限りは取引再開しないという政策を支持すると発言しました。
WTI(インド野生生物トラスト)TRAFFIC時代に1992年に中国向けのトラの押収が相次ぎ、翌年中国は取引を禁止した経過と現状を考えれば、当然それが続けられるべきことを主張しました。さらにアジアンビッグキャットといえば、300頭しかいないアジアライオンが今年になって8頭も密猟されたこと、アジアライオンの骨が入った酒が売られていることも発覚していると報告しました。
ヨーロッパのある国は、中国の提案のように「国際的に」を挿入することには反対。しかし、「締約国は」を「生息国」に差し替えるなら同意できると発言しました。そうすれば、ヨーロッパにあるサファリパークなどは影響を受けないということでしょう。
中国は、虎骨の取引を禁止したのは犀角に関するミッションが訪中した際、純粋に任意でやったのあり、国際的プレッシャーのためではないこと、また、1993年以降14年も経っており、国民世論や経済界の意見を踏まえて政策の見直しをすることは当然とも強調しました。
実に多くの発言が相次いでいますが、焦点は中国による将来的な虎骨等の国内取引を封じるような決定(次回CoPまで有効)になるかどうかが焦点です。この段階でのアメリカ案だと、飼育繁殖そのものには手はつけられないが、国内取引は封じるものになるでしょう。しかし、中国の提案(許されない取引を「国際取引」に限定)を受け入れれば、何の効果もないものになります。
◆白熱した議論の決着
結局、アメリカの再修正案が投票にかけられ、可決されるに至りました。これに対して中国は、国内措置に踏み込むものでCITESの領域を踏みはずしていると批判しました。 とはいえ、全体会で中国が議論の再開を求めない限りは、今回の会議の決着はついたことになります。