伝統薬とは
世界各地に伝わる伝統医学では、動植物、菌類、鉱物を原料にさまざまな薬が使われてきました。日本では漢方医学で用いる「漢方薬」が広く知られています。この他にも医学として体系化されていない経験的に民間で使用されてきた「民間薬」があるため、ここではそれらの総称として「伝統薬」という言葉を使っています(1)。
中国医学の場合は、医師のほとんどは西洋医学の医師と同じように正式な教育を受けています。その医師たちが、COVID-19のパンデミックに関し、ウェビナーやオンラインメディアなどで野生動物の利用についてコメントをしていました。それによると野生動物は治療に使わず、そもそも飼育繁殖した動物由来の原料であっても非常に限られていると証言しています(2, 3)。
しかし、トラを使った精力剤のように、富を誇示するために野生動物を違法に使った薬の需要はあり、ビジネスとして伝統薬の原料にするために野生動物が捕獲されたり、繁殖させられたりします。このような野生動物を違法に使った薬により中国医学の評価が下がると、危惧する声があります(4, 5)。
伝統薬に使われる絶滅危惧種
この伝統薬の中には、絶滅危惧種を使ったものがあります。日本の税関でワシントン条約違反として差し止められた物品のうち、薬は約4分の1を占め、そのほとんどは中国から持ち込まれています。
また意外と身近な薬に、ワシントン条約附属書Ⅱに掲載されている動植物種(国際取引に輸出国の許可が必要)が使われています。
若い世代は絶滅危惧種の使用に否定的
絶滅危惧種を原料とした伝統薬(漢方薬・生薬等)の使用を、若い世代はどう思っているかを調査するため、2020年に香港大の学生有志と野生生物保全論研究会は、協働研究として香港・マカオと日本の大学生に意識調査を行いました。
その結果、日本と香港・マカオの両地域の回答者は、伝統薬そのものは必要であると考え、使用経験もあるが、絶滅危惧種の利用については否定的であり、絶滅危惧種を意識して使用することは少ない、という傾向がみられました。また絶滅危惧種の代替品の使用を支持する回答者がほとんどでした。一方で使用した伝統薬の成分や、絶滅危惧種の利用については、関心や認知度が低い傾向が見られました。
つまり製薬会社が絶滅危惧種を使わない処方に変更をしても、購買には影響せず、むしろ好意的に受け止められると考えられます。
詳しくはJWCSが実施した、伝統的な医薬品の製造における絶滅危惧種の使用に関する意識調査の結果をご参照ください。
・伝統的な医薬品の製造における絶滅危惧種の使用に関する意識調査
絶滅危惧種を使わない方法
代替生薬
入手困難な生薬に代わり、近い薬効を持つ植物を「代替生薬」として使われることがあります(1)。
徳川家康の遺品に「烏犀円」と書かれた薬壺があり、国立衛生試験所の薬物鑑定で実物であることがほぼ確定されました。烏犀(うさい)はクロサイの角のことで、北宋の時代に書かれた『和剤局方』に書かれている、58種類の生薬が使われる丸薬です。現在市販されている「烏犀円」は、入手が容易な生薬を使う処方内容に簡素化されています(6)。
サイの角(犀角)は、日本がワシントン条約に加盟した1980年から輸入が禁止されています。そのため日本の製薬会社は、犀角と同様の薬効があるとされるサイガの角(羚羊角)に切り替えました(7)。
現在、日本の製薬会社のサイの角の在庫はほとんど動きがありません(8)。またサイガも2019年から商業目的での輸出割当てがゼロになりましたので、在庫がなくなれば処方内容を変えざるを得ないでしょう。ただ密猟されたサイガの角が、規制前の在庫と偽って取引される恐れがあります。
化学合成品
クマの胆嚢は熊の胆(くまのい)や熊胆(ゆうたん)と呼ばれ、古来より生薬として使われていました。1927年に岡山大学の研究により熊胆の主成分が特定され、「ウルソデオキシコール酸 」と命名されました。1936年には、ウルソデオキシコール酸の構造式が決定され、その後化学合成に成功し、製薬に使われています。
また2009年には富山大学薬学部の研究により、牛胆に熊胆と同様の効果があることが明らかになっています(9)。
植物
植物の中にも、アロエやランなど薬のための乱獲で絶滅のおそれがある種があります。
日本漢方生薬製剤協会は、原料生薬の品質確保のため、漢方薬原料となる薬用植物の栽培と採取、加工に関する手引き(日漢協版GACP)を2014年に定めました。この中で持続的な確保を目的とし、法順守、生態系の保全に触れています (10)。
世界的には、フェアワイルド(FairWild)が野生植物の持続可能な利用と地域の文化、採取者の公正についての基準を作り、その基準を満たした原料や製品の認証をしています(11)。
絶滅危惧種を使わずに、伝統薬の利点を活かすことは可能なのです。
(1) 合田 幸広 (2009) 漢方製剤・生薬製剤・生薬用語の英語表記(第1集)
https://www.nikkankyo.org/seihin/yougo/kampo_terminology1.pdf
漢方製剤・生薬製剤・生薬用語の英語表記(第2集)
(2) Asia Society (2020) Will Covid-19 Tame the Wildlife Trade?(動画)
https://youtu.be/ym6ZUc4V_I0
(3) Environmental Reporting Collective(2020) Traditional Chinese Medicine and the Demand for Endangered Wildlife(動画)
https://www.youtube.com/watch?v=xsAA66Px7o8
(4) Yuexuan Chen (2020) “Wildlife has no part in TCM, say Chinese doctors” Oxpeckers
https://oxpeckers.org/2020/10/wildlife-has-no-part-in-tcm/
(5) Michael Standaert (2020)’This makes Chinese medicine look bad’: TCM supporters condemn illegal wildlife trade The Guardian 2020.5.26
https://www.theguardian.com/environment/2020/may/26/its-against-nature-illegal-wildlife-trade-casts-shadow-over-traditional-chinese-medicine-aoe
(6) 小曽戸洋(2014)「新版 漢方の歴史―中国・日本の伝統医学」大修館書店P172-173
(7) TRAFFIC (2016) 「Setting Suns:日本における象牙および犀角の市場縮小の歴史」
(8)「ワシントン条約該当生薬の在庫数量」厚生労働省
(9) Watanabe S., Kamei T., Tanaka K., Kawasuji K., Yoshioka T.: Roles of bile acid conjugates and phospholipids in vitro activation of pancreatic lipase by bear bile and cattle bile. J. Ethnopharmacol., 125: 203-206, 2009.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19619630
(10) 日本漢方生薬製剤協会 生薬委員会(2014)「薬用植物の栽培と採取,加工に関する手引き」
https://www.nikkankyo.org/create/pdf/guide.pdf
(11) TRAFFIC フェアワイルド(FairWild)とは
https://www.trafficj.org/theme/medicinal/fairwild/